別府と甲状腺とカーネギー

父の退院の日が決まったと、母から連絡がありました。
僕はこの間、何も考えずに不安も感じなかったと言えば嘘になるけれども、どこか落ち着いていて、悪い表現かも知れないけれど何か何処か遠くの出来事のように感じている気もしました。
まぁ、アタフタと心配ばかりしていて状況が好転するかと言えば、そうではないですけどね。

父の心配をするかわりに、それを切っ掛けとしていろいろなことを勉強できたと思う。



別府と言えば温泉のイメージもありますが、僕はそれよりも甲状腺疾患のイメージが強いんですね。それについての治療で有名な医院があるのです。

父の場合は甲状腺に腫瘍ができていたんですが、まぁ早期の癌ですけど。同僚や知り合いなど、偶然にも甲状腺肥大で病院にかかっていた人や手術をした人が周りにいました。なので術後の父と同じ傷跡をそれまでに何度も見ていたんです。
何がどうとかはうまく言えないけれど、別府という場所にも何かしら縁があるのかもとか、甲状腺を患っていた人たちとの出会い(とは言えそれを切っ掛けに凄く交流が深まるとかはない)が何かのメッセージだったのかもとか、いろいろと思いましたね。

しかも御盆だったか父の入院の前、実家に帰省した際に母の本棚から持ち出したカーネギーの本に、悩みと甲状腺疾患の関連性に触れた記述があったのです。
何となくカーネギーの書籍は持ってるからと適当に選んだだけの本だったんだけど、偶然ではなく必然だったのだと思います。

仮にすべてが悩みやストレスが原因ではなかったとしても、そこから発症する病のひとつとして甲状腺の疾患というものがあり、身近な同世代の若者や家族がそれを患ったということから(そういった意識はないにしても)何かを学べということだったのかも知れない。
もしかしたら、僕自身煩う可能性が少なからずあったのかも知れませんね。


カーネギーとは別に母に借りた本があったのですが、父の退院の知らせを聞いた後でその本を読み終えたあと何となく、そのようなことを思ったのです。



しかし僕は、数年前まで父に厳格なイメージを抱いており母と比べると殆ど話すこともなかったのですが、僕の倍近く生きてきた父の苦悩や苦労などをこの1ヶ月を通して知ったような気がします。
具体的にどのような人生を歩んできたとか全然知らないけれど、父もいろいろと闘っていたのだなと思うとリスペクトの気持ちが持てました。

お父さん、お疲れ様でした。
甲状腺疾患を克服された方々はその後、何となく生き生きとして生きているように思います。(もちろん、その前もそうだったかも知れませんが、更にということで)

父もそうなるでしょう。
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by red_rebel | 2008-10-01 00:59 | Diary of HEAD  

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