内面的鍛練

朝から風呂場の掃除をしてしまった。清清しい通り越して、ちょっと疲れ気味ですが(笑)

あんまね、場所や環境のせいにするの、結構前に止めたんですよ。正確には止めたつもりだった。
あの、例えば東京行かなきゃ音楽の夢は叶わないとかさ、そんな感じの。自分がどう在るかってことだと思うんですよね。
やっぱ環境ってのも重要だし、大きく変化したような気もするんでしょうけど。例えば、僕の場合はフクオカ来た辺りからうまく行き出したことって結構あるんです。
だけど多分、場所は関係なかったんでしょうね。や、もちろん、大都会トウキョウとクマモトの田舎と両極端な生活をした後で感じる住みやすさだったり、この街ならではの人柄だったりというのも当然あるでしょうが。

昨日だって仕事での気付きってのを書きましたが、本当は今月を目処に辞めるつもりだったんですよね。うん、今ごろ違う仕事をしてるつもりだった。
一時期、面接だの試験だのと言ってましたが、ああいったのが全部、やると決断できなかったり、お話が見送りになったりしたんですけど、その時ふと思ったのは現状で何かしら気付くべき大切なことに気付いていないが為に先延ばしにされた感じがしたんですね、直感で。
同時にその頃、父の手術も延期になったんですが、何となくそれも同様のことだと思ったんです。
仕事先の環境のせいで自分が目立った成長できていないように思えて焦ったんでしょう。また父にもしものことがあれば、或いは術後の状況次第では、などと心の何処かで逃げの材料として考えていた部分が少なからずあったのかも知れません。
同時に本当に変えるべきは外的なものなのかなという疑問もあって。
それこそトウキョウに行かなきゃ成功できない的な思い込みだったんだと思います。
もちろん、必要性を心から感じた時は行きますけど、"今のところは"再上京した自分の姿というイメージはないですね。

つまり変えるべき、鍛えるべきは内面にあって、それらがクリアできていないので次なるステップに思いきり踏み込めないのだろうと。
内面というかハッキリ言えば、信じれる自分に成ること、自信を持つと言うことです。

そういうのってお寺で修行みたいなイメージがありますけどね、何となく精一杯やった雑巾がけの後に感じるものと、自分の部屋を綺麗にした後で感じるものって、結局一緒じゃないかってことでね、今日は風呂場の掃除だったんですが(笑)
お金を払って行ってみる価値はあるんですが、別に今の生活のなかで得られるもんであれば必要無いですよね、つうかお金の無駄遣いにもなりかねませんよね。



ホント、内面を鍛えるのってアレですよ、小さなことの積み重ねですからね。自分のなかで約束事を決めてできることから実行していくようなね。
けれど積み重ねた後で見る世界ってのは、大きく違ってくるものです。
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by red_rebel | 2008-09-09 08:40 | Diary of HEAD  

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