恐るべき子供達

俺はロックンロールエンターティナー、ワールドワイドに活躍する鮮やかに輝き続けるReveRの代表・HEAD☆


まだまだ、食事をした後の熱代謝が暑さを感じさせる。
昨日はスタジオだった。なかなか納得のいく出来栄ではないが、ライヴショーも間近、気合いを入れて残りのリハーサルに臨みたい。


デスノートを観ていた。なかなか好きになれない配役だが、割りと好きな作品。

月は日常に持て余した知能をデスノートでのそれに費やした。恐らく、彼が最も燃えたのは一生涯の中でデスノートを手にした後からだろうと思う。
退屈やそれらからくる虚無感とは、その能力を発揮する場を得ていない状況であり、自由に泳げる能力をもっていながら、狭い水槽に閉じ込められてしまったようなものだ。

もし与えられた水が純粋な海や川であったなら、彼の人生もまた違ったものになったはず。
もちろんこれは映画であったり漫画であったり、それならではの死神ノートを題材としているが、現実的な問題としてその持て余したエネルギーで犯罪に走る人間がいたりする世の中なので、社会的問題が描写された作品だとも感じた。


俺も音楽という夢中になれるものを見つけてはいるが、まだもっと何かできるはずなどと考えたり、葛藤や苦悩は絶えない。
退屈とは、自身のエネルギーとその生活との割合が見合ってない状況であると思うから、退屈だと感じる瞬間がある限りまだまだ輝けていないのだ。

赤ん坊は生まれた瞬間大きな産声をあげるが、そのときのエネルギーというのは測り知れない。
必死になって生きようと、産声とともに物凄いエネルギーが放出されているのだ。
果たしてそれ以来、それ以上に生命の燃焼を感じることはあっただろうか。

蓄積されて過剰となったエネルギーが燃焼されれば、滞った人生も流れ出すはずだ。
もっと輝けるはずだと信じている。
そのベストな状況を与えてくれるのは人でも環境でもなく自分自身で、いくら場所や人を変えても自分の精神が辿り着かなければ得る事はできない。
精神のフィールドだ。


苦悩や葛藤の中から何かに気付き、そこに辿り着くまで歌いながら模索していくのだと思う。
仮に途中で死神が現れてもNo、何故なら揺るがない夢を抱いているからだ。
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by Red_Rebel | 2007-09-30 15:08 | Diary of HEAD  

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