人生の使命(1)

_オレは、ロックンロールエンターティナー!!
世界を縦横無尽に駆巡り鮮やかに輝き続けるReveRライトワーカーHEAD


ここ最近、様々な活動から遠ざかっていましたが、バンドマンたちと話したり、年末年始の討論番組などを観たり、旧い書籍を漁ったりなどしならがら、いろいろと考えていました。静かに、その時を待つかのように。

_僕にとって仕事というものは、一見全く関係のないような仕事から学んだことなどを例えばバンド活動などのアイデアに変換したり、一人の人間としての成長に繋げていくことであったりと、少なくとも自分の夢が叶うまでに仕方なくするようなものではありません。
けれども同時に、本当にやりたいこととのギャップからこのままで良いのかといった葛藤が生じるようなことも、たまにあります。

以前、一緒の会社で働いていた同僚と仕事の話をしていた際に、女の子との出会い以外にここで働く楽しみなんてあるんですか?と問われたことがあります。
逆に、そういった楽しみのみで一つの仕事を継続していくことは難しいのではないかという、僕の発言に対してそのように問われたのでした。
正直驚きましたけど、もしかしたら普通はそうなのかも知れないなどとも考えました。

精神医学者のヴィクトールフランクルという方の書籍にこのような記述がありました。

具体的な職業が充足感を与えない場合には、罪は人間にあるのであって職業にあるのではない。職業それ自身は人間を他のものによって代え難いものにするわけではない。
職業はただその為の機会を提供するだけである。


また、フランクルのもとへ訪れた、自分の生命は無意義であるとする女性患者(神経症患者だと思います)の、もし自分が充分に満足させてくれる職業を持っていたならば、例えば医師や看護婦だったらどんなによかったかと嘆く姿を見たフランクルは、

それは人々の持つ職業の問題ではなくて、むしろ人々がその職業をなすそのやり方が問題であることを明らかにしてやらねばならなかった。

と語っています。
僕自身、結成したてモースタの激レアなライブ映像(おそらく2001〜2002年あたり)の中で、
『音楽やってるときだけが最高、それ以外(特に仕事などはというニュアンスで)はクソッタレだ』
などとMCをしているように(笑)、つい数年前までは働くことの意味など全くわかりませんでした。ただ、音楽活動を継続する為に、生活をしていく為に労働しなければならないというくらいにしか、考えていなかったと思います。
つまり労働することにおける精神的な充足がなかった、感じられなかったのです。

自分の中での重きは音楽という訳ですね、ステージで歌っている姿が本当の自分自身なのだと、本来僕は普通の仕事をするために存在しているではないのだと。
ただプロセスが進んでいくにつれ、それではどうもバランスが悪くなってしまいます。
もちろん、羽田で働いていたときのような、仕事から帰ると疲労で寝むってしまうだけの生活でもバランスが悪かったと言えるでしょう。経済的な安定はあれど(むしろ同世代の高卒では良かったほうです)。
福岡に来てから最初の数年は殆どを自分自身の表現(主に音楽)の為に、時間を費やしていました。
恐らくそれは、自分の中でバランスを取ろうする為であったのかも知れません。

同書籍には失業神経症を患った人たちのことが書かれています。
僕自身幸いなことに失業という経験はないのですが、上述の過去の例をとって言えば、働くことに意味を見出せない(本来やっていきたいことで生計を立てれていない)という意味で、失業者と同じような気持ちは少なからずあったのかも知れません。

失業者は失業神経症に陥らねばならないことは少しもないのである。この点においても人間は「他の行動をとりうる」のであって、社会的運命の力に屈するか否かを自ら決断することができるのである。
事実、失業によって人間が少しも歪められなかった例も多いのである。-中略-
中には快活さを示しているものすらいるのである。
それはどこに原因があるかといえば、これらの人間はたしかに職業的には活動していないのであるが、よく調べると別な活動をしていることが明らかになったのである。
彼らは例えば或る会や組織の自発的な援助者であったり、民衆教育組織の名誉職や、国民図書館の無給の協力者であったりするのである。彼らはしばしば講演や良い音楽を聞き、多く読書し、読んだものについて同僚と討論したりするのであった。
青年である場合は青年団体で活動し、共にスポーツをしたりするのであった。
彼らのありあまる自由な時間を彼らは有意義に形成しかくして彼らの意識、時間、生命を内容に満ちたものにするのであった。


これは失業という状況になくとも、僕にとっても、サラリーマンやOLとして生きる人にとっても、あるいはバンドマンたちにとっても、興味深いものではないでしょうか。
きっと上述のような、漢字を並べた難しい活動でなくとも良いのです、興味深いというのは僕で言えばこれまでの音楽活動が該当するのではないでしょうか。
VTRに納められた時期から数年経った近年の活動(後期モースタ及びReveR)では、「お前ら暴れまくろうぜ」とか「世の中くそったれだぜ」的な無理矢理な扇動的MC(「」内の台詞はあくまで極端な例で実際にとっていたMCとは異なります)や歌詞といいますか、ロックとはこうあるべきといった概念に捕われることなく、自分自身の経験を目前のオーディエンスへと語り次の楽曲へ関連づけていくようなものへと変っています。
同時に音楽性や活動フィールドというものも、パンクだけではなく、ロックの範疇で幅広く、またはダンスやクラシックなどといった様々な表現を取り入れていきました。

続く_

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by red_rebel | 2009-01-16 11:21 | Diary of HEAD  

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